学科、体育。
科目、サッカー。
内容、ミニゲーム。
役割、ゴールキーパー。
ちなみに場所は第一グラウンド。広くて風通し宜し。つまり、寒い。
YES, MY GOAL KEEPER.
グローブ代わりの使い古した軍手をはめた手を擦り合わせて握り締めた。指先が凍っている。
サッカーの授業はゲームになればなる程ゴールキーパーはつまらない。ましてや『強豪』チームなんかに入ってしまうと尚更。ボールはコートの真ん中に、もしくは敵陣に入りっぱなしでコートの端までやってくる事が、まぁ、ない。体を動かす事がないから寒いのは仕方がないとして、ゲームに参加しているのにつまらなく感じられるのは何か許せない。その辺があれだな、本職サンとの違いだな。部活のゴールキーパーに敬意を表そう。
「声出せ〜ぇ」
ボールの周りに群がる塊の誰かに向かってでもなく、声を張り上げてみる。でも、そんな事を言わなくてもボールはキープしているし、センターラインをこっちに来る事は当分ないかなぁ、とか思いながら口の横に当てた手を下ろした。
……、
……、
……、
ひっまーぁ……。
「………寒っ、」
暇過ぎて思わず座り込もうとすると、直ぐ後ろで少し音がした。今、ミニゲームはグラウンドをいっぱいいっぱい四つのコートに分けてやっている。横のコートで別の女子ゲーム、ゴールの背中合わせで男子ゲーム。つまり、私の後ろのコートでは男子が試合をしているわけ。
今の音はゴール同士が当たった音、だと思う。アルミとアルミが当たった鈍い音。ゴールを決められたのか、守ったのか。私は腰を半分落としたまま、背後を振り返った。ゴール下の男子は背が高い、天然茶髪野郎で、蹴られたのであろうボールをその腕に抱え込んで、悠然と立っていた。この後ろ姿に見覚えがあるある。私の大好きな背中。
そんなつもりじゃないんだろうけど、余りにも堂々として見えたのが可笑しくて吹き出してしまった。ゴールキーパーは、克朗だった。腕の中のボールを転がして試合に戻す。向こうのコートからブーイングが聞こえた。
「渋沢ぁ、少し手ぇ抜けー。入らねーだろー」
「悪いな、頑張ってくれ」
朗らかに叫び返す。うーむ。
「容赦なし?」
「ん?」
男子のボールがセンターラインの向こうに行ってしまってから、遠慮無くネット越しの克朗の背中に声を掛けた。
「何だ、お前もキーパーか」
克朗はこっちを見遣って、私だと解ると微笑した。
「うん、ジャンケンで負けた」
「俺も」
「頼まれたんじゃないの?」
「あぁ」
「ふーん」
相槌を打つと克朗は前に向き直った。根は真面目な人だから、私とお喋りをしようという気は無いみたい。
……ちぇっ。
「かーつー」
「……」
「克朗ー」
「先生が見てる、」
「構わないわ。体育、進学に関係無いし」
「…俺のは?」
「大丈夫、克は先生のお気に入りだから」
「お前なぁ、」
克朗は呆れた顔をして、軽く私を睨んだ。
「だって、……つまんないんだもん」
首をすくめて、それでも彼を見つめ返す。克朗は大きく溜め息を吐いて、後ろ向きにゴールの中に入ってきた。そして、彼愛用のグローブを填めた手がネット越しに伸びて私を招く。
「?」
「おいで」
「え、何?」
「おいで」
克朗の手が来い来いと宙を掻く。私は彼の意図が掴めずに、そろそろとゴールの中に入って克朗の近くに立った。
「…なぁに?」
彼の手は私の頭ら辺に伸びていて。グローブのせいか遠慮がちに、太い指が私の前髪につつつっと触れた。そして、次に無遠慮にぐしゃっと頭を撫でた。
「な何、」
撫でられて多分ぐしゃっとなった頭を整えてくれる事も無く、それから前髪をちょいちょいと引っ張って、彼は手を戻した。
「真面目にやるんだぞ」
それだけ言うと克朗は今度こそ前を向いて、ゴールに備えて見構える。
「はーい…」
思わず呆気に取られて、そんで返事も返してしまってから、はっと気付く。慌てて頭を撫で付けた。彼の元にボールが戻りつつあった。攻められている。私は自分のコートの方を振り返ったけれど、誰もこっち半分にはいなかった。
「……はーい、」
もう一度小さく口の中で返事を反芻する。ぷっと頬を膨らませた顔を克朗が見る事はない。
私に向けた背中は、大きくて、どっしりしてて、穏やかな闘気がみなぎってて。
このサッカー馬鹿め。本当、ただの授業でそこまで本気にならなくたっていいじゃないのよ。
「そっち、いったよー!」
女子の高い叫び声が耳に入った。声のした方に振り返る。隣じゃない、こっちだ。お世辞にも上手とは言えないドリブルで、相手チームが攻めてきていた。
「ハイハイはいっと、」
視界に飛込んでくるゲーム。すると、自然と構えてしまう。克朗に頭を撫でられた感触が、残っている。
彼の、私に向けた背中は、大きくて、どっしりしてて、穏やかな闘気がみなぎってて。
「うん。よし」
軍手をぎゅっと填め直した。
(終)