わたし、

○○が好きなだけです。

 

 

率直に言うと、ただ今、入浴中だ。
お風呂の入り方には、食事のように人それぞれ好みやポリシーがあると思う。私の場合、湯の温度は人肌より少々高めに、それをたっぷりよりは少々低めに張って、時間を気にせずゆっくりのんびりと浸りながら読書、つまりは半身浴が専らの入浴方法だ。
本日のお供は少々内容の濃いSF小説。有希ちゃんと話が出来るように帰りに紀伊国屋に寄って買ってきたものである。
入浴を始めて40分経った頃、ぽたぽたと掻き揚げた前髪から額に汗が落ちだしてきて、本を読むのに少々不快になり、風呂場のドアを開けた。そこから足拭きマットに向かってポンとハードカバーを投げる。角から落ちたその本は、鈍い音を出して床とぶつかるとマットを外れて廊下へぱらぱらとページを開けて落ち着いた。
その光景に、しまったと顔を顰めた時は既に遅し。

重い音を聞きつけたのだろう、風呂場の向かいの扉が開き、有希ちゃんが静かに姿を現した。

彼女は足元に、無残に落ちている本に一瞥をやると、ほんのほーんの僅かばかり不機嫌総に薄い光彩の瞳を細めて、その視線を湯船に浸かっている私にじっと向けた。

やべ。怒ってる。

かと言って、有希ちゃんの視線を遮るように風呂場の扉を閉めることも出来ず、唯一逃げる様にずるずる腰を動かして顔半分までを湯船に沈めるのみにとどまる。
有希ちゃんは、読書家だからなのか、御本がぞんざいに扱われるのを好まない。
本に水は天敵、と言って最初は私が半身浴の時間つぶしに雑誌すら持ち込むのを反対したのである。
確かに私だって、そんな紙に水を含ませて、あははぐしょぐしょにしてやんよー!とかは思ってないし、だから浴槽にボチャンとかそんなことはできるだけ避けたいのだが。
意外と濡れないものだし、また最近の紙は結構強いものである。びっくり。
でも、そんなことは半身浴はおろか、お風呂は烏の行水である有希ちゃんが知る由もなく。
彼女はかくんと膝を折ると、ページの開いた本を両手で拾い上げて自分の胸の前でパタンと閉じ、そっと大事そうに抱えるともう一度私に視線を寄越した。

「今度、乱暴に扱ったらあなたの大事なを全部捨てる」
「ひー!それだけは勘弁してごめんね有希ちゃんもうしないからだからそれだけは勘弁して!」

やりかねない。
宇宙の意思を宿すその綺麗な瞳の奥に、非常に非情に冷たい決意が感じられて、沈めた上半身を慌てて湯船から上げて彼女に拝む様に謝った。




そんなやりとりばかりの午前一時二十三分。

 


(終@20081219)

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