グレゴリオの最後の弦

 

「こうやって長太郎にバイオリンを弾いて貰うのも今日で最後かァ」

音楽室の一角にでんと構えるグランドピアノの鍵盤蓋に手を掛けるのも今日で最後。

「何言ってるんですか、先輩が望むなら俺いつだって弾きますよ」

「でも逢いたい時に逢えるワケじゃないじゃない」

学校での逢瀬場所はお互い教室から同じ距離にあった音楽室。

部活がオフの日はこっそり鍵を借りて二人だけの秘密の音楽会を開いた。

三月、去る月、卒業。

『一歳』と数字にすると小さいけど、私達の間ではとても大きい。

頑張って組み立てた『同じ景色』が、今日、無情にも壊れた。

「明日も会う約束、したじゃないですか」

長椅子に座って白鍵の上に頬杖を突いて、苦笑いしながらバイオリンを構える長太郎を見遣り、ドの音を無造作に出す。

私が出す無作法な音で長太郎が器用に調弦するのも今日で最後。

彼の楽器を操る素敵な姿に酔いそうな程甘い空間に浸れるのもコレで最後。

「そうだけれどさ」

そうだ、長太郎の言う通りだ。

それに学校の外で会うことは今まででも勿論あったし、これからもそれが無くなるわけではない、むしろそれが主流になる。

だから不安を感じてなどいない。

これからも私たちは一緒にいるのだと、信じている。

だけれど。

「……哀しいのは、私だけ?」

 

『一歳』がとてつもなく、どうしようもなく大きいのは、私だけ?

 

「まさか」

そう答えた、今にも泣きそうな彼の声に涙目で微笑んだ。どうか上手に笑えてますように…。

 

 

 (終)

 

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