「刹那、」
コンテナを見下ろせる薄暗いコントロールルームで少し虚ろ気な視線を足元に落として座っている刹那に開け放たれたままの扉から静かに声を掛けると、彼は顔を動かさず赤銅色の瞳だけでゆっくりと私を見上げた。ここから見える横顔はロックオンに殴られた頬の全貌がよく分かる。刹那の健康的な浅黒い肌はびっくりするほど真っ青に膨れ上がっていて、皮膚は擦り切れて血がにじんでいた。私が触れるとより酷くさせてしまいそうで、とりあえず急拵えの氷嚢を差し出す。けれども、刹那は血が伝う顎を手の甲で弱々しく拭ってそれを受け取りはしたものの、自分の頬に当てようとはしない。その仕草を見て小さくこっそりと溜息を吐くと彼の隣に少し距離を開けて座った。
「あなたね、びっくりするぐらい男前になってくれたのはとても嬉しいんだけれど、そこまで自虐に落とし込む男前っぷりはどうなの」
「………」
軽く睨付けるみたいにして刹那を見ると、まるでぷいっと拗ねるように視線が外れた。
刹那は何でも自分だけで受け止めようとする癖がある気はしていた。その癖が彼が放浪をしていた4年を経て顕著になって、誰の目にも明らかになったのはきっと気のせいではないと思う。彼の躊躇いのない行為や飾らない真正直な言葉の裏には優しさが隠れている、刹那は自然と行えるそれらをきっと優しさだとは微塵も思ってもいないだろう。だから平気で殴られたりするのだ。
そんなことを刹那の頬の痣を見ながら考えていると何だかとても遣る瀬無くなってしまって、それをごまかすように彼の横顔から視線を外して医務室から持ってきたエイドキットを膝に載せて蓋を開く。ガーゼと消毒液を探そうとするが、部屋の明りが暗いせいなのか、どれもぼんやりとしか形を捉えられずどれが何なのかよくわからない。
「……」
「ごめん…冗談言ってる場合じゃないよね。早く、冷やして」
「…、どうして泣くんだ」
「……悲しい、からだよ。色々」
目頭が熱いのは、わかっていた、視界がぼんやりと滲みだすのも、口を開く度に塩っぽい味がしたのも、気付かない振りをしていた。何も出来ない私が泣いているのが恥ずかしかったからだ。
私はコンテナで戦闘が終わるのを待つだけしかない、彼らが帰ってくるのを待つだけしか出来ない。だから、刹那の堅い決意もロックオンの確かな愛もアニューの揺らいでいた想いも何も知らないし、わからない。それでもこんなに堰を切ったように涙は溢れてくる。泣かないあなたの代わりに私が泣いてるのなんて言ったら、あなたは冗談として笑ってくれたりするのだろうか。
「……色々、悲しいから」
「…
「刹那、お願い……お願い、だから…」
自分を大切にして。無茶なことは考えないで。
声が自分でも驚くぐらい震えていたので、嗚咽は出すまいと下唇を噛み息を飲み込む。ぽたっとキットの中に涙が落ちた。防水殺菌仕様の外袋を伝わってするすると流れていった。刹那が少しばかり不安そうな視線を寄越すので乱暴に手のひらで頬を拭って鼻を啜る。酷い顔をしているのは間違いない、けれども刹那の視線には真っ直ぐに向き合おうと彼が戻ってきた時から決めたのだ。
「ねぇ、刹那」
「なんだ」
「…抱きしめても、いい」
「………ああ」
彼が他人の手を振り払うほど子どもではなくなっていたことはもう分かっていたことだけれども、聞かずにはいられない。深い宇宙のような声で刹那が答えるのを聞いてから、エイドキットを膝から下ろして立ち上がる。たった一歩の距離を、ゆっくりと縮めて彼の前に立った。目の前に刹那の小さな頭が見える。指先でそっと柔らかな黒髪を撫でてから、宝物を扱うように大事に大事に抱いた。
刹那、お願いだから、自分を大切にして。無茶なことは考えないで。
そして、必ず生きて。
私の願いは届くのだろうか。理解して欲しいとは思わない。

けれども、貴方が傷つくと悲しむ人間がいるということを、覚えておいて。

「了解、」

 

 

 

 

 

@090319

 

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